この記事は、大ヒット作「嫌われる勇気」のなかに登場するアドラー心理学を元に、学歴コンプレックスについて考えていく記事です。

世界はどこまでもシンプルである。もしあなたの目にこの世界が複雑に映るのならば、それはひとえに、あなたが世界を複雑なものにしている。誰もが、客観的な世界に住んでいるのではなく、自らが意味づけを施した主観的な世界に住んでいるからだ。

嫌われる勇気より

学歴コンプレックスの正体は自己防衛本能です。


アドラー

学歴コンプレックスの正体とは、結論から言うと、自己防衛の一種です。ここでいう自己防衛とは、無意識の中で、致命的な心理的ダメージを避けるためにとられる防衛本能のことです。

学歴コンプレックスを発動することで、実は、あなたはあなた自身を守っているのです。

学歴コンプレックスは、実は、あなたを守っている。

人間は何かがうまくいかなかったときに、自分自身が傷つかない都合の良い原因を見つけようとします。その筆頭が学歴です。

「自分には学歴がないから成功ができない」というように。失敗の原因を自分の外に見つけることで、自分が深く傷つくことを無意識に避けているのです。

「学歴さえあればできたのに」という可能性の殻に閉じこもることで、直接的に自分は駄目な存在なのだという考え方を避けようとします。人間はよくできている生き物ですね。

自己防衛しすぎて、行動できなくなるのが危険です。

問題なのは、この自己防衛が過度になりすぎた時です。「自分には学歴がないから、どうせ何もできない」と考えるようになった時です。傷つくことを過度に恐れすぎた結果、学歴コンプレックスが強くなりすぎ、何も行動ができなくなってしまいます。この状態はNGです。人生において、大きな不利益を生み出します。

確かに、コンプレックスを感じると言うことは、深いところで人間の心を守る素晴らしい反応ですが、その扱いを間違えると、逆に人間を苦しめてしまいます。

学歴コンプレックスの扱い方

僕は、学歴コンプレックス自体を否定するつもりはありません。なぜなら、扱い方次第では、大きな自己成長につながるからです。

気をつけるべきなのは、言い訳として学歴コンプレックスを使い始めたときです。自分がうまくないのは、学歴がないからだと思っている人がいたら危険信号です。

人生の成功に、学歴は関係がありません。学歴以上に、人の心を動かせる人間としての魅力が大切だったりします。そして、その魅力を磨くのは、現状にとどまらず、行動をし続けて、変化し続けることです。

コンプレックスを感じて変化を恐れるのではなく、コンプレックスを原動力にして、変化しましょう。そして、その挑戦の積み重ねは自分へのリスペクトにつながります。

人生は他者との競争ではない

人生は他者との競争ではないです。小さい頃から、学校という中で競争を強いられる私たちには本当の理解が難しい部分です。

アドラーはこのように述べています。

人生とは、ゴールが一つの他者を蹴り落とすレースではない。同じ平らの地平に前を進んでいる人もいれば、後ろを進んでいる人もいるような場所だ。だから、誰とも比較することなく、自分は前だけ見て進めば良い。健全な劣等感とは、他者との比較ではなく、「理想の自分」との比較の中で生まれる。

嫌われる勇気より

他者と比較するのではなく、理想の自分と比較し続けましょう。劣等感を、自分を慰める道具としてではなく、自分を押し上げる道具として使いましょう。

他者との違いがあることはしょうがないことです。しかし私たちは、

「同じではないけれど、対等」です。

そうして、自分の生き方をリスペクトして、他者をリスペクトできたときに、自分の学歴コンプレックスと良い付き合い方ができます。

学歴コンプレックスは、健全な劣等感として、自己成長の種として、大きな力を発揮します。

最後に

いかがだったでしょうか?

変化を恐れずに行動をしまくって、自分の人生を生きれば、道は開けそうです。継続して、己を磨きましょう。

僕としても、小さい頃に父を亡くしたり、国籍が韓国籍であったり、結構マイノリティーの人生を歩んできました。

それらもすべて生きる糧になりました。父を失ったことで、出会うことができた人もたくさんいますし、マイノリティーだからこそ、少数派の気持ちを尊重したいと思うようになったり。

人生で起こりうるすべてが人生の糧になります。